ど、どうしよう……。 誰かに相談したいけど、キョウちゃんに相談しても絶対に解決しそうにないんだよね。勉強とかスポーツならわたしより全然上なのに、それ以外のことはからっきしダメな人だし。それに、一番親しい友達だから親身になってノッてくれるんだけど、親身になり過ぎちゃって後々断わりづらかったりするから。 それと、キョウちゃんかなり声大きいし……ってそれはあんまし関係無いかな? わたしは、たぶんこの時期の女の子なら誰でも悩みそうなことで、やっぱし例外にもれず頭を抱えていた。 そうだ! ユウちゃんはどうかなぁ。彼女、結構なんでも出来そうな雰囲気だし、わたしより全然詳しいかも。気も合うし、わたしの気持ちも分かってくれそうだ。 あんまし人に教えるの上手くなさそうで、口調もハキハキしてないけど、キョウちゃんみたいにズバズバ言うよりまだマシだもん。 あっ、でもユウちゃん、次いつ学校に来れるか分かんないんだった。 いつも忙しくて大変そうだから、わたしなんかの相談にノッてる場合じゃないかも知れないし。 あん、もうどうしたらしいの? 「……さん、浅木さん。美化委員の浅木さん」 えっ、わたしを呼ぶ声が。 わたしは色んな悩みでいっぱいで、ホントに両手で抱えていた重い頭を持ち上げて、声のする左前方に目を向けてみる。 すると、教壇で何か困ったように顔をかしげて立っている深上先生が見えた。 「どうしたの、浅木さん。美化委員から何か報告はありますか?」 そっか! いけない、わたしってば美化委員だった。 焦ってしまったわたしが反射的に立ち上がると、ガタガタッと大きな音を立てて椅子が鳴ってしまった。 「は、はい! え〜と……きょ、今日は特にありません」 しかも、やっと出てきた言葉が、そんなんだった。 背中から聞こえる、くすくすと抑えた笑い声が耳に痛い。 たしか、昨日気がついて言おうと思ってたことがあったんだけど……何だったんだっけ? とっさのことで、頭の中がすっかり真っ白に染まってしまった。 「はい、わかりました。今年度も、もうちょっとで終わってしまいますので、新入生がいつ入学してきても恥ずかしくないように、学校の美化に勤めて下さいね」 少しうつむき加減のわたしに、先生はまるでそんなことを気付いてもいないかのように、淡々とそう言った。 「はい……」 恥ずかしさで短く応えるわたし。 ああ我ながら情けない……。 昔からみんなに、おっちょこちょいだと言われてるけど、なにもこんな大勢いる場で見せびらかさなくても。 わたしは着席するとき、別に見なくてもいいのに、何となくチラッと後ろの同じクラスの生徒らを見てみた。 やっぱし、しつこく嫌な笑みを浮かべている男子が数人いる。 はぁ、こっち見ないでよ。何もこんなことで笑わなくてもいいじゃないの。 内心、少しだけ腹の立ったわたしは、すぐにそっぽ向こうとした。 でも、その時、他の人と同様にこっちを見ている一人の顔が気になった。 トキちゃん……。 そのトキちゃんこと時谷聡美(ときや さとみ)さんは、わたしと目が合うと、僅かに目を細めて柔らかく微笑んだ。それは、他の人が見せたような嫌味のあるものじゃなくて、何だか母親のように優しくもあり、情けないわたしの心に直接、喝を入れてくるような厳しいながらも安心させてくれる心地の良い微笑だった。 あまり愛想が良いとは言えないトキちゃんが、本当にたまにだけ覗かせる、わたしの好きな表情。 その、人とは違った表情に魅せられそうになったわたしだったが、それよりまず、大多数の興味本位から逃げるためにも、誰もいない廊下側の方へと顔を背けた。 そっか! トキちゃんなら安心して話せるし、頭も良いから、わたしに必要なこともうまくフォローもしてくれそうだ。 それに実は彼女、いつもしてるメガネを外して後ろで束ねているウェーブのかかった長い髪をほどくと、すっごい美人なんだよね。ほんの少し影のある人だから、浮いた話しは一切湧いてこないけど、トキちゃんのことを好きな男子は絶対いるよ。これは自信アリだね。 料理なんかも出来そうな雰囲気だし、可愛くてセンスの良いのを教えてくれるかも。 でも、わたしなんかが作っても上手に出来るかな? そんなチョコレート。 |
もう、サナちゃんったら、なに情けない顔してるの。考え事してたんだから仕方ないじゃない。気にしない気にしない。折角のカワイイ顔が台無しよ。 私は一瞬だけ目が合った同じクラスで美化委員の浅木沙那(あさき さな)さんに、とりあえず目線で慰めた。 私の励ましが届いたのかどうか分からないが、彼女は私の数少ない友達でもあるし、何より細かい事でグズグズしている人が余り好きではない。 もうちょっとしっかりしろよ! というメッセージを暗に込めた、私なりに精一杯の思いやりだ。 まあ、彼女の事だから、私なんかが手助けしなくても結構簡単に立ち直るのだろうけど。 昨年この中学校に入学してからだから、サナちゃんとはもうそろそろ1年の付き合いになる。性格もある程度は理解してるつもりだ。多分お昼くらいまでには、今あった自分自身の失態などすっかり忘れている頃だろう。 ただ、その後の反省が足りないせいか、同じ事を繰り返すのはとても見苦しいのでやめてほしいものだ。半月くらい前にもやっぱり同じような事があって、とても見てる方が耐えられなくなるくらいの顔をしてたような記憶がある。愛嬌があってカワイイから、そんな事も許してしまえる、と言ってしまえばそれまでだが。 廊下側を向いて表情の判らなくなったサナちゃんだったが、小首を傾げるようにゆらゆらとゆっくり頭部を振り子運動させ始めた。 また自分の世界に没頭し始めたかな? 余計な事を考えてなければ良いけど……。 私は変に嫌な予感がして、誰にも気付かれないように苦笑した。 「それじゃあ、これで朝の会を終わります。1時間目は数学ね。東堂先生に迷惑かけないようにね」 黒板上方にかかっている時計は8時20分頃。 クラス担任の深上先生は、私等生徒をグルッと見回して、 「分かりましたか?」 返事を求めてきた。先程、サナちゃんに対応した時の機械的なモノとは違う、にこやかで冗談めかした顔でだ。 それに対して生徒の大半が、 『は〜い!』 と、素直に応答するのは、特にグレた生徒がいないお陰である。 先生が良いからなのだろう。少なくともこのクラスでは、ニュースで報道されるような大きな問題はもちろん、ねちっこいイジメなどの問題も起こる気配すらない。 サナちゃんも、深上先生に感謝しなさいね。 というのも、思い込みの激しい彼女は気付いていないだろうが、ああいった状況では特に反応せずにサラリと事態を流してしまう事で、サナちゃん本人の傷になり難いし、後々になってイジメの原因に繋がる事を防いだのだ。 かなり若い女の先生だから、初めの内はこの先生で本当に大丈夫かな? と心配させる印象を持ったが、実際は良く周りを見て考えを働かせている、非常に頑張り屋な先生だった。 と、ちょうどその時、キーンコーンとタイミング良くチャイムが鳴った。 深上先生はちょっと得意気な表情。 これは狙ってたなヨーコちゃん。 先生のフルネームは深上葉湖。性格はとても明るく、他のクラスの生徒からも人気のある先生で、授業以外では皆からヨーコちゃんの愛称で呼ばれている理科の先生だ。 そして、そのヨーコちゃんはというと、チャイムが鳴り終わると同時に、満面の笑顔を残して教室から去っていった。 教室の空気が、椅子を引く音やら話し声などで、少しずつざわめき始める。 ふぅ、数学の準備をしないと……。 私は机の横に下げている幅広の鞄の持ち手をつかむと、一気に机の上まで持ち上げた。今日は水曜日だからいつもより授業数が少ないので、鞄はそんなに重くない。 パチッと止め金を外し、そそくさと教科書とか筆記用具とか必要な物を取り出す。そうすれば後は鞄に用はないので、また机の横に引っ掛けた。 すると突然、本当に突然、 「ねえ、トキちゃん!」 と声をかけられたので、私は柄にもなくびっくりしてしまった。 わっ! 何? いきなり……。 私が顔を上げると、そこにはさっき落ち込んでいたはずのサナちゃんが、ニコニコと笑顔で立っているではないか。いつも周りに気を配ってる私も、容姿や行動のわりに意外と薄い彼女の気配に気付くことが出来なかった。 彼女は、ボリュームのある髪を肩上でそろえている、目のパッチリとした可愛らしい女の子だ。クラスのアイドルになれそうなくらい明るく愛嬌があるのだけれど、そのそそっかしい性格が邪魔をして、どちらかというと、お笑い担当的なポジションにいる楽しい女の子だった。 それにしても、相変わらず立ち直りが早いわね。 私は、私の予想をはるかに上回るその強靭な神経に驚きつつも、今度は言葉に出して彼女を励ました。 「さっきは災難だったわね」 「ううん、いいのそんなこと。それよりトキちゃん、お料理とかって出来る?」 「えっ、りょ、料理?」 なんなんだろう? あまりに唐突で、話が見えてこないんだけど。 「多少は出来るけど、そんなに凝ったのは流石にねぇ……」 そう答えると、サナちゃんはなぜか私の耳のそばまで口を近づけて、 「あのね、手作りでチョコ作りたいんだけど」 小声で恥ずかしそうに囁いた。 「チョコなんか作って、どうするの?」 訳がわからないながらも、私も彼女にならって小声で問う。 「え? どうするって、もうすぐバレンタインじゃない」 「……あっ、そうか、バレンタインか」 そんな日本の変な風習に興味のない私は、一瞬反応が出来なかった。ちなみに諸外国の風習にも、一切の興味はない。 が、それに対してサナちゃんは、なに当たり前のこと言ってんだろう? って顔をしている。 やっぱりサナちゃんも普通の女の子なんだなぁ。 あらためて、妙な関心をしてしまう私。……いや、そういった本来なら楽しむべき行事に興味がない私こそが、彼女達からすれば変なのだろう。 「でもなんで、キョウちゃんじゃなくて私に相談しに来たの?」 確か、サナちゃんの一番の友達はキョウちゃんだ。別に迷惑という訳でないが、私の所に相談しに来なくても間に合うはずなので、一応、質問をするだけしてみた。 すると、 「え〜、だってキョウちゃんって、お料理とか全然、まったく、絶対、ありえないくらいダメそうだもん」 だってさ。 「あははは、言えてる」 私はそのあまりに酷い口振りに、キョウちゃんへの同情もしながら、可笑しくて思わず笑ってしまった。 「笑いごとじゃないよ〜」 「あはは、ごめんごめん」 でも逆に親しいからこそ、相手に対してここまで言えるのよね。ちょっとだけ羨ましいや。 私はまだ可笑しくて、顔がにやけてしまうのを抑える事が出来ないでいると、 「なに話してんの?」 と噂のキョウちゃんこと咲真恭子(さくま きょうこ)さんが、一番後ろの席から私の席の所へ歩いて来た。 彼女は、すっきりしたショートカットで、タレ目だけど切れ長の目元が印象的な、活発そうな女の子だ。実際、スポーツ関係はクラスの女子の中では一番上手くて、去年の体育祭もリレーのアンカーを任されたほどの俊足を持つ。さらには、勉強もなかなか優秀だというのだから、凄いとしか言いようがない。 そして、一にも二にも、サナちゃんの親友だ。 「サナ、あんた何か、また変なこと言ったんでしょ」 |
あれ? トキちゃんが声出して笑ってる。 私が数学のノートを開いて、昨日の授業で書いた所を確認していると、珍しい笑い声が前の席から聞こえて来た。 彼女はいつも、一線引いた場所から周囲を傍観しているような女の子で、あまり人とは係わり合いを持とうとしない。何か問題を起こす生徒というより、問題が起こるのを未然に防ぐ為に監視しているみたいな、独特の雰囲気を漂わせている女の子だった。 一応、今では私も友達として付き合ってはいるが、始めの頃はなかなか馴染めなかった。 その彼女に、はっきりと声を出して笑わせるなんてことが出来るのは、天然ボケ丸出しのサナくらいだろう。サナが仲介でいなかったら、一年間で数回の会話があるかどうかの、ただのクラスメートだったに違いない。 何が可笑しいのか気になった私は、開いていたノートを閉じて席を立つと、彼女達の元まで行った。 「なに話してんの? サナ、あんた何か、また変なこと言ったんでしょ」 「ひどーい、キョウちゃんまでそんなこと言うんだぁ」 何の内容が分からなかった私は、椅子に座ったままこちらを振り向いている、トキちゃんのにやけ顔に聞いてみた。 「どうかしたの?」 「いやぁね、サナちゃんが、キョウちゃんのこと」 「あ! 言わないでよ」 「まあいいから、キョウちゃんも怒ったりしないわよ」 何の話しかしら? 私は何かとんでもないことを言われるのではないかと、内心ビクビクしながらトキちゃんの発言を無言で待った。 そして、トキちゃんは先の会話を思い出すように目を細めて言った。 「えーと、キョウちゃんはね、料理が全然、まったく、絶対、ありえないくらいダメそうなんだって」 何を言われるかと思えば、なんだそんなことか。 私もそんなに怒りっぽい方ではないので、よほどの悪口を言われない限りは、腹を立てることもない。我慢には慣れている。それに、恥ずかしながら料理をした事がないのは事実だった。 私はちょっと安心しつつも、サナにはわざと怪訝な表情を浮かべた。 「あんたねぇ」 「ごめんなさ〜い、キョウちゃん。悪気があったわけじゃないんだけど」 はぁ、あんたに悪気がないのは、重々承知ですよ。 いっつもバカ正直で、そそっかしくて、一つのことに集中したら他の事はずぼらになって。でも、そんな子供っぽいサナと一緒にいるから、家では気を張りつめなければならない私も、学校ではまあまあ楽しく過ごせるのよね。 「もうっ、いいわよ別に。料理出来ないのはホントのことだし」 「許してくれる?」 「許すもなにも、怒ってないわよ」 ちょっとだけ感謝してるわよ、サナ……。 「ホントに?」 「でも、しつこかったら、怒るかもね」 私はまた、わざと口の端を吊り上げてそう言った。 「んぐぐ……」 「あはは、冗談よ!」 そして、バシッとサナの肩を叩く。 「ううぅ、キョウちゃんのいじわるぅ」 あらら、今にも泣き出しそうな顔しちゃって。見事なほど、ころころと感情が変るわね。 仕方ないなぁ。こういう時は、話題を変えるのが一番なんだけど……。 そう思った私が、助けを求めるようにトキちゃんの方を見ると、彼女は何もかも全て分かりきったような顔でうなずいて、こう切り出した。 「それでね、キョウちゃん。さっき、サナちゃんと話してたんだけど、今度バレンタインらしいのよ。だから、手作りチョコを作ろうかなって」 バレンタインらしいって、トキちゃん、それじゃ興味ないのバレバレだよ。 「レシピはさ、私がネットで調べとくから、次の日曜なんかに一緒にやらない? そういうことでいい? サナちゃん」 「うんうん、いい、いい! ありがと〜トキちゃぁん。キョウちゃんもついでだから一緒にやろうよ」 はぁ、サナ、あっさりと復活。 ってゆうか、 「私は、ついで、なのね。サナ」 「てへへ、ゴメンね。だってキョウちゃん、あんまし興味なさそうだし、でも誰かあげたい人でもいるの?」 そういえば、誰かいたっけかな? 言われた私は、頭の中をグルッと考えてみる。が、 「……い、いないわねぇ」 「でしょ、でしょ。わたしの見る目に間違いはなかったのね。でも、そんなキョウちゃんには、わたしがいるわよ〜」 サナは目を輝かせながらそう言って、その後、なぜか私に抱きついてきた。 「ちょ、ちょっとやめてよ。みんな見てるじゃない!」 なに考えてるんだ、この猫娘は。 しかも意外と力が強く、なかなか引き離せない。 しばらく、私はサナの腕の中でもがいていたが、その締め付けが急にゆるくなる。 「ああぁ、ユウちゃん。お久しぶりぃ」 私はやっとの事でサナの腕を解いて、ハァと溜息を吐ついた。そして、目の端で一人の女子生徒が教室に入って来たのをとらえる。 「あっ、サナちゃん。おはよ〜元気?」 そう挨拶した、先週ぶりくらいに学校へ登校して来た女子生徒は、真っ先にサナの元へ近づいてきた。クラス中の生徒の注目をあびながら。 しかし、挨拶の言葉とは裏腹に、彼女自身、あまり覇気がないように見える。 「どうしたの? なんだか眠そうね」 「おはよ〜キョウちゃん。うん、早朝ロケだったの」 「大変でしょうけど、無理しちゃダメよ」 「うん、心配してくれてありがとう、トキちゃん。大丈夫だよ、たぶんね」 はは、たぶん、か。ストレス溜まってそうだな。 彼女の名前は、ユウちゃんこと茅嶋由宇(かやしま ゆう)。言ってみれば、アイドルの卵みたいなものだ。まだ逢った事はないが、母親も有名な作家さんらしく、まだ29歳だとか。以前、いつの時の子供だろうと逆算して苦笑いしたのを覚えている。背は低くサナと一緒くらいで、後ろでゆったり結んだ三つ編みが可愛らしい。特に飛び抜けて綺麗な子という訳ではないが、彼女の魅力はその人を癒すようなやわらかい笑顔だろう。 「ユウちゃん。今日、特免テストなの?」 「そうなの、特免なの〜」 うちの中学校には特別授業免除テストという制度があって、正当な理由で学校に長期登校できない場合、このテストを受けて合格すれば進級の為の単位をもらえるのだ。 「それこそ大丈夫なの? 合格できそう?」 「そりゃもう、うちでみっちりお母さんに勉強しごかれてるから問題ないはずだよ」 ユウちゃんも家ではしごかれてるのね。私の親とどちらが厳しいだろうか……。 私の父も至って厳格な人で、一切の甘えを許さない、非常に怖い存在だった。 「失敗したら、あたしが許さないからね〜」 「あ〜ん、絶対約束するよ〜」 サナとユウちゃんはそう言い合って、似たもの同士で固い約束の抱擁を始めてしまった。 なにやってんだか……。 「あっ、そうだ! 今度の日曜なんだけどね、あたしんちで秘密のムフフな会合があるんだけど、お休み取れる?」 あら? いつの間にサナの家でやることになったの? しかも秘密のムフフな会合って……。 彼女の中では、勝手に私たちとの会話が進んでいたらしい。 私は思わずトキちゃんと顔を見合わせて、二人で苦笑いしてしまった。 大体、トキちゃんと気が合うのは、こういった場面でだった。 「え、なになに? なにするの?」 「うん、もうすぐ授業始まっちゃうから、次の休み時間にじっくり説明するね」 |
「ごめんくださ〜い」 あっ、みんなもう来ちゃった。 わたしは2階の自室のタンスから、大急ぎでエプロンを探していた。 「あらあら、ようこそいらっしゃいませ。散らかってますけどゆっくりしていって下さいね。沙那、何してるの。早く下りてらっしゃい!」 「は〜い! ちょっと待ってお母さん。みんなを台所に案内しといて〜」 やばい、どうしよう。見つかんないよ、エプロン。 う〜ん、しょうがない、最終手段だ。 「ねぇ、お母さん! わたしのエプロン知らない?」 部屋から首だけ出したわたしが1階の方へ叫ぶと、まだそこにいるらしく返事はすぐに返ってきた。 「エプロンって、あのデニム地の?」 「うん、それ」 「ああ、あれは、沙那ちゃんの部屋にはないわよ」 なにぃ! 「せっかく買ってあげたのに使ってないようだったから、いつでも着れるように台所にハンガーで掛けてるわよ」 あれ? 掛かってたっけ? いつも食事の時に見てるはずの風景を思い出すが、その場面にはハンガーに掛かったわたしのエプロンなんて出てこない。 「ホントに?」 「本当よ! 疑うなら早く下りてらっしゃい」 「う〜ん……」 わたしは半信半疑ながらも、ここで探しててもらちが明かない気がしたので、とりあえず1階へ下りることにした。 階段を下りるとすぐに玄関が見えるのだけど、お母さん共々はすでに台所へ行ったらしく姿がない。綺麗にそろえられたキョウちゃんたちの靴があるだけだ。 うむむ、ちょっとくらい待っててくれてもいいじゃない。 わたしは早足でリビングキッチンへ通じる戸を開けようと思ったのだが。 おっとっと、その前に。 玄関に掛けてある大鏡の前に立って、服装チェックを怠らないわたし。鏡に映るわたしは、薄いピンクとフリルを基調にしながらも、全体的にスッキリしたブラウスとスカートに身を包んでいる。 う〜ん、どうかしら鏡さん。今日のお洋服はキマッてる? すると鏡さんは、まるで執事のように「はい、今日もお綺麗ですよ、お嬢様」とのこと。 ふふふん、そりゃそうよねぇ〜。今日の組み合わせは、3番目くらいに気に入ってるパターンだしぃ。せっかくお友達が来てくれたんだから、これくらいは気合入れないとね。 さてと、冗談はもういいかな。キョウちゃんたちも待ってることだし。 とりあえず自分の格好を確認して満足したわたしは、台所の方へ急いだ。戸を開けるとまずリビングがあってそこから台所の方に向くと、お母さんを筆頭に、何かの女人軍団のようにして立ってる彼女らが一斉に招待主のわたしを逆に出迎えてくれた。 『おはよ〜』 「おはよ〜みんな」 もちろん今日は日曜なのでみんな私服だ。キョウちゃんは色の薄いジーンズに白いシャツというラフな格好で、上にはやはり白のダウンジャケットを着込んでいる。スタイルの良いキョウちゃんらしく、爽やかでスラッとした印象だ。 トキちゃんはというと、青いラインの入った濃いグレーのロングスカートと上は薄いグレーの短めのコートで、首元から黒のタートルネックを着ているのが分かる。なんともシックでカッコ良すぎって感じ。 なんでメガネ外してコンタクトにしないのかなぁ? 美人なのにもったいない。 そしてユウちゃんはやっぱりさすがだね。群青色のブーツカットのジーンズはキラキラが目いっぱい散りばめられていて最高にイケてるし、羽織ったジャケットは砂色でシックなのに中に着ているシャツが色んなパステルカラーの迷彩柄ですごい可愛い。 いいなぁ。あんなの一回でいいから着てみたいよ。 そうそう、ユウちゃんはお仕事のお休みが取れたのだった。トキちゃんが「大丈夫なの?」と心配していたけど、ユウちゃんは「たぶん、その日はわたし風邪引いちゃうから」なんてことを明るく言ってたっけ。わたしもちょっとだけ心配したけど、特免合格のご褒美として神様も許してくれるだろう。実は4人の中で一番おおざっぱそうで一番お堅いキョウちゃんだけが、信じらんないって顔で唖然としてたっけ。 それで、今日は朝10時にうちに集合ということで決まったんだけど。 「ねぇ、ちょっと早くない?」 「早くないわよ。サナが10時って決めたんじゃない」 「そりゃそうだけど、もう10時になったの?」 まだ9時半くらいの感覚だったわたしが時計を見ると、 「あっ、ホントだ」 時計の針は、しっかりと10時10分を指していた。 「サナちゃんは、家でも変わんないわね」 とは、うちに初めて来たトキちゃんの発言。 「えへへ、それがわたしの唯一の取り柄だから。で、お母さん。エプロンは?」 わたしが聞くと、お母さんは、 「ほら、ここにあるでしょ」 冷蔵庫の横の壁を指差した。 そこには壁掛け用のフックがいくつか取り付けられていて、買い物用の手さげ袋とかお母さんの赤いエプロンとか、見たことのあるデニム地のエプロンとかが、そこにはあった。 う〜む……。これは夢じゃないのだろうか? いや、夢であってほしい。 夢であるべきなのだぁ! 「沙那ちゃん、変な顔してないで、何か言ったらどうなの?」 うっ! 「…………ありました。ご足労おかけ致しました」 「よろしい」 なにさ、お母さん。そんなに勝ち誇った顔しなくてもいいじゃない。 わたしが、お母さんに一言文句を言ってやろうと思っていると、 「こんな沙那ですけど、これからも仲良くして下さいね」 お母さんは、まるで追い打ちするかのように満足げに言って、そそくさとわたしの横を過ぎ去ってリビングから姿を消してしまった。 くっそ〜、逃げ足早いんだから。 「サナちゃんちって、おもしろ〜い」 トキちゃんと同じく初めてわたしの家に来たユウちゃんが、なぜかとても楽しそうに言った。 「あはは、私がサナんちに遊びに来た時は、いっつもこんなもんよ。コントみたいでしょ」 むむむ、失礼な! キョウちゃんってば性格は堅実で実直なくせに、いつも今みたいな冗談かどうか判らないような軽口でわたしを振り回すんだから。 だからわたしは、本当は今日みんなが帰った後にお母さんに仕掛けようと思いついていたコチョコチョの刑を、先にキョウちゃんに試してやろうと少し怖い感じの口調で、 「キョウちゃぁん」 と、凄みをきかせながら近づいた。 ところが、こともあろうに先に必殺技を仕掛けるはずだったわたしが、逆に先手を取られてしまう。 「ホント可愛いわね。私の妹も、サナみたいに成長してくれないかしら」 キョウちゃんはそう言って、わたしの頭をヨシヨシとなでたのだ。 嗚呼、なんと哀しいかな。 わたしだけかも知れないが、どんな時でも頭をなでられると妙に気持ちがいいのはいかんともしがたい。さっきせっかく作った怒りなんかもすぐに忘れてしまって、なんだか嬉しいやら情けないやらで、でもやっぱり気持ちの良かったわたしはやっぱりその余韻に浸ってしまうのだった。 が、しか〜し! そこでわたしをヨシヨシの余韻から引きずり出す憎たらしい声が。 「あぁぁ! ユウちゃんがいる〜!」 それは紛れもなくわたしの弟、世依(せい)だ。彼は、わたしたちが入ってきたリビングと廊下をつなぐ入り口から、顔半分だけ出してこちらを覗いていた。 しかもその第一声が、わたしの弟らしい。 ユウちゃんは超有名というほどではないけど、家族に同じクラスにこんな人がいるよって話したときに、セイがけっこう興味を示してたんだよね。たぶんそれからだろうけど、数少ないユウちゃんの出てる番組にチェック入れてたみたいだった。 10歳にしてわたしと同学年の女の子のファンになるとは……。 姉としてなんとも複雑な心境だけど、まぁ紹介するだけならしといてもいいかな。 「セイくん、なに顔半分だけ出してんの。来るのか来ないのかハッキリしなさい」 すると、セイは目にしている光景が信じられないのか、自分のほっぺを思い切りつねった。そして、当たり前ながら痛そうにしている。 なにやってんのよ〜。夢じゃないって。 「あ、あの〜、ユウちゃんトキちゃん、一応あれがわたしの弟です」 |